ソフトウェア開発者の時給交渉の仕方

あなたの時給はインフレ率以上だろうか、それ未満だろうか

あなたの時給は期間ごとに上昇しているだろうか。
日本においては2013年以降2016年と(そしておそらく)2020年以外は年1%未満の物価高騰が続いている。

あなたの時給が2013年以降全く変わっていないか、インフレーション率より低い上昇の場合、あなたは相対的に貧しくなっている。また逆に物価下落が続いていて、あなたの時給に変わりがない場合、あなたは国内において相対的にお金持ちになっている(もちろん資産が増えているわけではない)。

あなたの時給は評価ではなく組織の予算で決まる

あなたの時給は何で決まるのだろうか。評価であると信じたいが、残念なことに評価は順番を決める指標に過ぎない。あなたの時給を決めるのは、組織のあなたの仕事に対する予算だ。

学校受験で言えば、予算が合格枠、つまり何人入校できるかだ。そして評価が試験の点数だ。あなたが仮に上位4割に入っていたとしても、合格枠の数が上位3割分の数しかなければ、あなたはその学校を受験し、何点を取った、という事実は残るが、入校はできない

企業において、合格枠つまり予算とはその事業運営に必要な費用だ。費用にはあなたや、あなたのチームの時給や、あなたのラップトップのリース代、あなたたちが今居る事務所(駅が近くて清潔なのだろう)の家賃、そして重役達の報酬と、あなたが利用したことのないスパリゾートの優待チケットや、あなたが普段擦り損じている複合機のトナー代などが含まれている(これらは正確にはより細かく分類されるし、企業にはこれ以外に支払わねばならないものがまだ数多くある)。

あなたの時給のそれも上昇分は、これら費用の予算の一部から捻出される。これらの費用を見て、もっと削れるところがあるじゃないかと思うかもしれない(特にあなたは重役達の乗るBMWについてそれを思っているだろう)。彼らは常に効率的な業務推進を探り検討し導入している。不要な従業員の雇用を止めて、その費用を利益に回そうと、また逆に優秀な人間がよりパフォーマンスを発揮し事業が成長できるように考えて、あなたのラップトップとデスクチェアも、スパリゾートの優待券も、役員のBMWも何らかの必要性に応じてリースをしたり、購入されている。

時給交渉は誰のため

時給交渉は誰のために行うのだろうか。それはあなたのためであると同時に最終的に得られる利益のために行うのだ。つまりあなたにお金を投じれば、そのリターンがあると認識させるし、実際にそうであるように努めなければならない。

私はこういう成果を出したのだから、これくらいの時給を上乗せしてくれ、という後出し交渉の方法もあるが、あなたの為にもあまりお勧めしない。あなたは出来る限り期待とそしてお金を先に集めた方がよい。

理由は二つある。一つは、成果を出してからの値段交渉では、成果が生み出した直接的な経済効果が上限になってしまう。あなたがプラス20%の個人的な時間や費用を払い、売上を伸ばしたとしよう(それは組織の立てた目標を余分に上回ったとしよう)。あなたの時給はプラス20%されるだろうか。ほとんどノーだろう。まずあなたがする、と事前に明らかにしていないので、あなたの上司はあなたの成果だと判断することができない(上司ならわかってくれるかもしれないが、上司の上司は確実にわからないだろう)。

もう一つの理由が、あなたが成果をだし続けられなくなるからだ。後から値段交渉をした場合、あなたはなんて割の合わない仕事だったんだと思うだろう。もう一度同じことは頑張れないし、前回以上の成果を出し続けることができなくなってしまう。それはあなたを動かす動機がないためだ。また、あなたは後出し交渉をすることで、そもそも成果を出せなくなってしまう可能性もある。あなたが成果を出そうと出さまいと誰にも迷惑をかけないのだ。つまり、後出し交渉はあなたの燃え上がるやる気に水をかけて、場合によっては二度と火がつかないようにしてしまうのだ。

ただ、後出し交渉が有用なケースもある。それは最初の1回だけ、費用を払うタイミングを後にすることだ。あなたは事前に値段を宣言し(宣言する値段は高くても構わない、むしろ高い方がよい)、支払いのタイミングを成果の完了後とするのだ。企業は成果を見てから改めて交渉ができると思うので(あくまで思わせるだけでよいので、再交渉の約束はしないでよい)、あなたの提案を受けやすくなるはずだ。この方法の欠点のひとつは、完遂を必要とする人がいなくなるのだ。先にあなたがお金を貰う場合、企業はあなたに完遂させる責任が生じ、あなたは勿論完遂する責任が生じる。後からお金を請求する場合、あなたは成果を完遂し、企業にお金を支払わせる責任が発生する(後出しの場合、あなただけが責任をもつのだ)。そしてこの方法は誰も完遂の責任をもっておらず、支払いと一緒に未来に先送りしてしまっているのだ。

予算を取るには

あなたがすることは確実な成果を約束することではなく、より多くの可能性を期待させることである。もちろん未来は約束できるものではないとしっかり伝えながらだ。

あなたの仕事が完遂すれば、毎月何百万あるいは何千万、もしくは何十万といった具体的な数字の売上が立つ(可能性がある)、ということを説明するのだ。もちろん何故そうなのかを説明する必要はあるだろう。

説明の強度はあなたが対価として欲しい金額が高くなるに応じて難しく、そして厳しい目で見られるようになる。あなたは提案を見られるだけでなく、彼らにとって需要があるかチェックしよう。そもそも需要がなければ予算を取るのは難しい。ただ逆に需要があれば、もっと言えば既に予算化されていれば、その枠をもらうことができる。また需要を掴めば、そこに向かって提案ができる。

予算の振り分け対象に選ばれるには

あなたと同じく数%の売上向上策を提案した人がいたとき、あなたと彼とどちらに予算が割り振られるだろうか。どちらも優れていれば両方ともに振り分けられるだろうか、或いは支払う対価の低い方だろうか。

あなたの企業が他の企業に何かを頼むとき、複数の企業に競わせたことがあると思うが、最終的に何を基準に決めただろうか。提案金額だろうか、それとも担当者の贈り物だろうか。またはその会社の知名度や、実績だろうか。総合的に見てよかった、からではないだろうか。

ではあなたの総合的とはなんだろうか。それはあなたの普段の言動、コードの正確さやcommit logのコメント、ランチで食べるものから判断されるだろう。この節で伝えたいことは、お昼をより匂いの出ない野菜だけを挟んだサブウェイにしろということではない。普段から、あなたの印象は見られているということだ(つまりそれが「評価」というものなのかもしれない)。

断られることもある

あなたが素晴らしい計画を練り、そして美しくまとめられたパワーポイントを上司に披露したにも関わらず、差し戻しを言い渡された時はどうしたらよいだろうか。あなたは自分の存在を否定されたと感じて、上司に対して苛立ちを覚えるだろう。

あなたが、職場の同僚(彼女はとても聡明でしかも眼鏡が似合う)を食事に誘った時に、無理と断られたらどうしたらよいだろうか。あなたは笑っているが酷く傷ついている。彼女を視界に入れるのを辞めよう。もう一度誘えば、一緒にワインが飲めると思うかもしれないが、あなたが知らないだけで、彼女はこの職場のあの彼か、もしくは彼女の通う趣味教室の講師という恋人が既にいるからだ。だが、あなたにはそれを知る由もない。あなたのことが生理的に受け付けなかったのかもしれないが、それなら知らない方がなおよい。残念だが、あなたがフラれた理由はわからないし、あなたはこれ以上彼女を誘うのをやめた方が良い(誤解を生まないように注釈すると、好意を持つ人への誘いを抑制しているのではなく、「職場」の人への誘いを抑制している)。

彼女への誘い違い、上司への提案は何度でもできる。差し戻されたときも、上司に何故と問うことができる。答えそのものは聞けないかもしれないが、ヒントくらいは聞けるだろう。それをもとに、また次の提案を練っても良いのだ。上司に仕事の提案をするのは、付き纏い行為にはならないのだから。(もし、本当に万が一だが、あなたの「上司」と「彼女」が同一人物なら、付き纏い行為に該当する可能性がある。可能であれば、あなたは他のチームに移った方が良いだろう)

時給を上げるため転職すべきか

時給交渉が決裂したことを動機に転職を考えることはおすすめしない。ここまであなたの時給をあげることを目的としてこの章を書いてきたが、あなたが組織に、時給をあげなきゃ転職するぞと言って欲しくないがため、これまで交渉の仕方を話していたのだ。

何故、時給交渉で転職を仄かしてはいけないのだろうか。あなたと企業は、合意した就業契約によって結び付けられていて、今回の時給交渉は大元の契約に基づいて追加契約を結ぼうとするものだ。大元の契約はあなたが交渉して合意した契約だ。あなたは追加契約を理由に、その大元の契約を破棄すると言っているのだ。大元の契約に、追加契約が成立しない場合はこの契約を破棄すると記していただろうか。あなた自身が、あなたの結んだ契約の効力を妨げてはいけない。それはあなたの信用に関わることだ。

時給は転職の動機になり得るが、転職で実現することではない。私の昇給を目指すべきかを雇い主を変えるか、あるいはそれ以外かに詳しく書いたので、是非見てみて欲しい。

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